第3回 松代地震の体験から 気象庁松代地震観測所長 竹花峰夫

○住民の心構え
地震時の心構えは、先ず自分達の手でやること、県や市とか関係当局、あなたまかせではだめだ。高橋博氏も指摘しているように松代地震でもかなり棚のビソ類、ガラスなどがやられている。商店などではかなりの被害額になっている。あとから現場に行ってみると、ほとんどが油断と云ってよいくらいで適切な処置を講じていないものがほとんどであった。また木造家屋は地震に強いといっても松代辺では古い家が多い。補助金を出して各戸にスヂカヒを入れて補強するように各町村で奨励したが、自己負担分を惜しんで容易に実施されなかったと聞いている。

○住民組織について
“隣組”というと戦時中のいやな思い出しか残らないが、当時と異なった意味での隣組、住民艇織を確立することの必要性は従来から一般にいわれている。
隣りに住んでいる人もわからないような団地、地境のことなどで、隣家の人と顔を合せても口も利かないような光景もよく見かけるが、こんな状態のところで、もし非常事態が発生したら一体どうなるのだろう。
住民組織の目的は大地震の場合ならば防火避難誘尋などと同時に情報伝達の。パイプの役割がある。地震にデマは付きものである。大正十二年の関東地震の時にもわれわれはにがい経験がある。イザャ・ペソダサソの〝日本人とユダヤ人“ではこのときの虐殺事件を被害妄想による世界にも類例のない全く「動物的迫害」であると述べている。一旦浮き足立ったらどうにもならなくなる。大地震ともなれは電燈、電話はたちまちダメになる。足もとがわれているときに誰もがトランジスターラジオを開いているわけではない。松代地震の最中にもずいぶんデマが乱れ飛んだ。これを押える〝特称薬〟は正確な情報を迅速に断えず流すほかにはない。当時の松代町の中村町長の陣頭指揮も果断であったが、地震対策本部の防災係であった丸田恵大さんも実に精力的に働いて、この役を適切によくやってくれた。不動であるべき大地が足もとからグラグラと揺れている住民の気持が浮き足立っているとき、ちょっとしたスキ間からデマは容赦なく入りてくる。そして収集のできない事態に進展するのである。
そこで例えば東京都の大世帯になると、区長、支所長ではまだ大きすぎるので町会単位ぐらいで実行力のある人が配置されていることが望ましい。念のため付言するが、松代のような田舎町でも近代的大都市でも同一に律せられると軽卒に考えているわけではない。しかし複雑な大都市の社会機構のなかでもかような場合、官公民それぞれタテ割りの組織化で相互の連けいを考えるべきであろう。この点和達氏も指摘のように従来多く実施されているような防災演習も大切なことではあるが、部分的であり技術的である。大地震の襲来を仮定して、対策本部の動き、情報、指示、それぞれの活動の総合連けいなど一貫したものでなければならないと思う。

○火ダネのこと
最近某誌に寄稿した一部に次のようなことを書いた。東京都防災会議の推定によると、東京で冬期に関東大地震級の地震がおこった場合、都内で三万件の火災が発生し、三時間で二十三区の九〇バーセントがほのおにつっまれ、焼死者は百万人を越えるという話をロスアンゼルス地震の調査団が、現地の防災関係者につたえたところ「死刑宜告にもひとしい話に、よく平気でいられるものだ」とおどろいたという。松代地震のさかんな頃も、しばらく石油ストープの使用制限までやったことがあった。いまはどこも住宅が密集し、プロバン、石油と発火源が多くなり条件が以前よりいっそう悪くなっている。恒久的地震対策の一つとして、もっと安全性の高い家庭用暖房の研究を、ぜひ推進してもらいたい。
この点については高橋氏が「防災の問題点」としてかなり具体的に述べられているから重複をさけたいが、各メーカーは石油ストープなどの震動による消火装置をエ夫しているので、実用化の段階も近いと聞いている。
そこで多少懸念のあるのは、この装置の作動する限界である。例えば震度と震害との関係だけを考えてみても複雑である。日本式震度で震度四以上は被害の程度で解説されているが、震度三以下は体感の程度で定義づけられている。そして各震度に対応する加速度の巾も割付けられているが、これも一応の目安にすぎない。極端な例かもしれないが松代地震のようにほとんど震源が直下にある場合、震度三ぐらいで、加速度だけは異常に高い値を示すが、ほとんど震害には結びつかない。
国鉄黒田氏のいう「新幹線は地震で止まりすぎ」てもよいと思うが、石油ストープの場合は安全性だけが強調されると逆効果をまねくおそれがある。〝消えすぎるストーブ〟にならないギリギリの安全性である基準を設定されることを希望する。

○避難七つ道具
これも最近の某週刊誌が大地震の時の必携品と心得について、かなり多くの人からアンケート的取材をしたレポートを載せている。
警視庁指定の非常持ち出し九点のほか、安倍北大教授の〝七つ道具〃というベスト七をピックアップしたという。
① 水(蒸留水の方がよい。二日分)
② トラソジスタラジオ
③ 食料
④ 懐中電燈
そのはか薬品、防空ズキソ、現金、通帳、印鑑等となっているが、わたしも大体は、この順位に同感であるというのは、まず水を順位の筆頭においたこと、日本人は平常に水に不自由することがないから、とかくうかつにする。明治二十七年の庄内地震のあと、就寝前には必ずイロリの釜に水を入れる習慣にしたという古老の話を聞いた。この点、大川夫人の「大地震対策と限らず、ヤカソ一杯の水はぜったい欠かしたことがない」というのと同じで、蒸留水、水筒とかも結好だが日常生活の習慣化のなかに吸収されることが大切であり、防火用水もさることながら、先ず飲み水の用意を念頭に置くべきである。
トラソジスタラジオも欠かせない一つ、それから蓄蔵のきく食料品、そして懐中電燈だが、これは停電対策の燈火代用としても考慮さるべきで、大地震ともなれば数時間、時には数日間の停電を予想してラソプぐらいは用意しておくべきではなかろうか。